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NO.225 「塩谷さんの言わんとするところがようやくわかりました!今頃かよ!」

10月8日
読了時間: 9分

更新日:4 日前

『今回のテーマは、「塩谷さん!あなたの言わんとしたところが、今大会を通じて、ようやくわかりました。なにもわからぬシロウトの分際で生意気なブログをアップしたことを深くお詫びします』です。〜「日本女子オープン2026観戦記 そのⅡ」

 

2026/10/8 20:52 wrote



 今回の「日本女子オープン」の解説者は「塩谷育代」さんでしたが、今大会四日間を通じ、彼女が、珍しく湧き上がる感情を抑えることなく、終始情熱的にテレビ解説をしていたことが非常に印象的でした。

 

 またそれはグランド解説を担当していた「服部道子」プロも同様で、彼女のレポートも高揚感にあふれていました。

 

 まるで、お二人とも「そう!そう!こんな試合を見たかったのよ!だって昔、私たちが戦っていたときは、どの試合もみんなこんな死闘だったもん・・そんな試合を、今また目の前で見られるとは思っても見なかった・・だから感激の極みだわ!」といった感じ。

 

 ところで、このところ偶然にも、当ブログでは「塩谷」さんを取り上げていました。

 

 そんな中、前々回のブログ(NO.223)の中で、酔狂亭は過去において、無謀にも「塩谷」さんに異を唱えたことがある、と白状しています。

 

 まずは、その「塩谷さんに異を唱えたブログの抄録」から始めましょう。

 

NO.195 「敬愛する”塩谷育代”さんにあえて反論してみよう!」

 

「塩谷育代さんのコラムに感じた違和感を、“ロリー・マキロイ”選手と“ネリー・コルダ”選手のインタビュー記事が晴らしてくれた日」 2026/5/5 21:24 wrote

 

<前半部分は省略し、酔狂亭が違和感を持った、「塩谷」さんの「日刊ゲンダイ」誌上でのコメントから・・・>

 

 

 「・・・・菅(酔註:「菅楓華」選手のこと)といえばコンディションが悪くなると強さを発揮するイメージがあります。初優勝だった昨年の「ミヤギテレビ杯」も強風が吹き荒れ、耐えるゴルフに徹して勝利を引き寄せました。


 菅は台湾で、「コースと向き合うことだけ考えた」と振り返りました。ゴルフは昔からコースとの闘いといわれますが、同じフィールドで戦うライバルのスコアも気になり、容易ではありません。


 ただ、今の時代はクラブやボールが進化しており、意図してボールにサイドスピンをかけて風と喧嘩させる必要もなく、吹きあがらないストレートな重い球が有効になっています。パーシモンヘッドと糸巻きボールの場合と違い小細工が必要なく、昔と比べてコース攻略がシンプルになっているのは確かです。


 最近は女子プロから競う相手との勝負ではなく自身との闘いというコメントをよく聞きます。

 

 だからリーディングボードを見ないでプレーする女子プロが多い。自分のベストを尽くしてその結果が優勝でも2位でも素直に受け入れるというメンタルトレーニングが広まっているからでしょう。 しかし、 それではAON時代によく見られた死闘と呼ばれる優勝争いは望めません。

 

 女子ゴルフは困難な状況でも持てる力をフル回転させて、絶対に勝ち抜く勇気と粘り強さを貫いてぐっと胸を張り、ファンを魅了することを忘れてはいけません。」

 

 違和感を覚えたのは、後半(赤字表示)部分でした。そこでこのように書き進めました。


・・・・ どう読んでも、「塩谷」さんは、「AON」時代のように、つねに相手を意識した(闘志を剥き出しにした)殴り合いのような試合を意識せよ!そんな試合(「塩谷」さんいうところの“死闘”)でなければファンを魅了することはできない!そう言っています。

 

 つまり、現代のプロゴルフは、あまりにも「自分との闘い」に落とし込まれていて面白くない!プロゴルファーには、「ゴルフは、あくまでも相手との闘いであることを意識してほしい!」と言うのです。

 

 ここに大いなる違和感を覚えました。本当にそうだろうか?そんな目に見えるような死闘でなければ女子ゴルフって、なんの魅力もないのか?

 

 でも、もし仮に「AON」の三人が、同組で抜きつ抜かれつの“死闘”を演じていたとして、その二組前を行く「高橋勝成」選手が、同組選手とは別格のプレーで回り、結果として「高橋」選手が優勝したら、「AON」の死闘は無意味です。

 

 ストロークプレーにおいては最小スコアで回った者だけが栄誉と名誉を総取りします。

 

 選手が、どれほど“死闘”を演じようが、その結果が二位以下であれば、その“死闘”は色褪せて見えるのではないか? 

 

<引用はここまで>

 

 そこで、この自説を補強するために、ちょうど終わったばかりの「マスターズチャンピオン」の「ローリー・マキロイ」や、前週開催されたメジャー初戦を制した「ネリー・コルダ」の、以下のコメントを紹介し、「塩谷」さんに反論を試みました。


 

 <まずは「マキロイ」選手のコメントから引用>

 

報道陣からは、『この大会とこのコースは、人生について何を教えてくれたと思いますか?』という質問があった。マキロイは少し考えた後、こう答えた。

 

「・・・・とにかく自分に集中することを意識していたよ」


「14アンダーに到達できれば、他の選手がそこまで伸ばすのは難しいだろうと思っていたんだ。だから、そのスコアを目標にしていた。とにかく“続けること”だ。頭を下げて、やり続けること。正しいことに時間をかけて取り組んでいれば、最終的には必ず報われると思うよ」


 目の前の一打に集中し、自分の選択を信じてやり続ける。その積み重ねこそが、連覇という結果につながった。(文・高木彩音)

 

 ローリーの言葉のどこにも「相手を意識した」というセリフは出てきません。ローリーは、「14アンダーにすること」(コースマネジメント)と「とにかく自分に集中すること」だけを意識したのです。

 

 今年のマスターズ(昨年もそうでした)が、多くのパトロンやファンの感動を呼んだのは、ローリーが、誰か他の選手と“死闘”を演じたからではなく、ローリーが、「自分自身」と「オーガスタナショナルコース」と三つ巴の“死闘”を演じ、ローリーが、まったく見事にそれら(自分とコース)を、しかも二年連続でねじ伏せ、勝利したからに他なりません。

 

 

また先週のLPGAの初メジャー「シェブロン選手権」を完全優勝で飾った「ネリー・コルダ」選手の優勝後のインタビューでも、驚きのコメント(楽々の圧勝劇だったのかと思いきや、なにせ、インタビューのタイトルが「最も過酷な経験でした。N・コルダが明かす心理的苦悩」ですから!)がありました。



 ラウンド後の会見で、彼女は偽らざる本音を吐露している。 後続の選手たちが「失うものは何もない」とアグレッシブにピンを狙ってくる一方で、首位を走る自分はどうしても守りに入りたくなる。その心理的なジレンマが彼女を苦しめた。

 

 「守備的にプレーしたくなる時もあったけど、守りに入りすぎたくなかった。自分のゲームをしたかった。

 

 「未勝利に終わった昨年(2025年)のように、あらゆることを考えすぎて自滅するような真似はしたくなかったんです。もう一度自分のバブル(世界)に入り込んで、ただゴルフをプレーしようと心に決めたの」 過去の挫折を乗り越え、再び自分の世界へと入り込んだ彼女の集中力は、決して崩れることはなかった。

 

 完璧でなくてもいい。ミスをしても、100パーセントの力でその日に向き合い続ければ、頂点に立つことができる。

 

 ここでも、「相手に打ち勝つにはどうすればいいのかを考え直した」とのコメントは聞かれず、ただ如何にして「自分の世界に入り込んで、ただゴルフをしようと思ったの」かを考え直したと言っているのです。

 

 ローリーにもネリーにも、どちらも「常に相手を意識して試合に臨め」というメッセージは聞かれません。

 

 だから塩谷さん!逆ですよ!

 

 目の前の一打に集中し、自分の選択を信じてやり続ける。その積み重ねこそが、結果につながるのです。

 

 そして、選手たちも、我々ファンも、そのことを「アポステリオリ」として認識し、女子ゴルフをもはや「技術も伴う心理戦」として見て、楽しんでいるのです。

 

 マッチプレーならまだしも、現在のプロゴルフはストローク戦です。

 

 「塩谷」さんが仰るように、現代のゴルフは昭和の時代と異なり、クラブもボールも進化しているだけに、われわれゴルフファンの楽しみ方も以前とは違い、どフックやどフェードをかけてグリーンにオンさせる名人芸に感嘆することではありません。

 

 相手との心理戦に勝利するのは、結局のところ、自分自身との死闘を演じ切れる選手であることを、選手も我々も知っています。それを前提として、プロゴルフを「十分」に堪能しています。

 

 AONだって、もし道具がこれだけ進化した今の時代を戦っていたら、名人芸的技術論や、相手との闘志のぶつけ合いなんてもはやなんの意味もなさず、とにかくいかに「自分に集中できた選手だけが、最終的に最小ストロークで上がれる」ことを身に沁みて知り、それに沿った闘い方をしていたはずです。

 

 道具の進化とともに、ゴルフのルールも変化し、戦い方も変化します。

 

 そしてそれにつれて我々のゴルフの楽しみ方も変化していきます。

 

 それはメジャーリーグを見ていても大いに感じるところではありませんか?

 

 塩谷さん!

 

<引用ここまで>

 

 う〜〜〜む・・我ながら、まぁよくも言ったもんです。

 

 しかし、あの「日本女子オープン2026」を見た後の今なら、「塩谷」さんが言いたかったことが、よくわかります。

 

 たしかに、あの戦いは、塩谷さん言うところの「AON時代のような、相手を意識した(闘志を剥き出しにした)殴り合いのような「死闘」そのものであり、38歳のベテラン「申ジエ」選手が、髪の毛を逆立て、鬼の形相をもって、若手ナンバーワン23歳の「桑木」選手に挑みかかる姿は、「困難な状況でも持てる力をフル回転させて、絶対に勝ち抜く勇気と粘り強さを貫いてぐっと胸を張り、ファンを魅了する」姿勢そのものでした。(なにせ、13番ホール以降は、プレーオフの3ホールを含む9ホール連続でワンパットですから!)

 

 さてさて、「塩谷育代」さんは、1990年代を代表する女子プロゴルファーの一人です。



 当時の彼女のライバルたちには、「平瀬真由美」、「福島晃子」、「服部道子」、「小林浩美」選手らの錚々たるメンバーがいます。また、全盛期を過ぎてはいましたが、「岡本綾子」、「涂阿玉」選手もまだまだ現役でした。ほかにも「村口史子」、「安井純子」、「肥後かおり」、「高村亜紀」選手などがバリバリ活躍している、いわゆる「群雄割拠の戦国時代」でした。(ちなみにこの戦国時代を終わらせるのは、その名も「不動」裕理選手。なんといっても2000年から2005年までの六年連続「不動」の賞金女王ですからね!)

 

 つまり、「塩谷」さんの全盛期である1990年代の女子プロゴルフ界は、周りを見渡せば、だれもが「強敵」の、実力伯仲の「戦国時代」だったということ!

 

 「戦国時代」とは、文字通り「喰うか喰われるか」の世界。少しでも相手に弱みを見せれば、たちまち餌食とされる弱肉強食の時代です。

 

 そんな時代を生き抜き、戦い抜き、メジャー三冠達成、年間女王を二回も奪取した「塩谷」さんが「試合」に求めるものが「死闘」であり、プロゴルファーに求めるものが「どんな困難な状況でも持てる力をフル回転させて、絶対に勝ち抜く勇気と粘り強さを貫いてぐっと胸を張り、ファンを魅了すること」であるのは、当然でした。

 

 また「マッチプレーならいざ知らず、現代のストローク戦において、相手と殴り合うような試合は望むべくもない」と書きましたが、今大会は、実質「マッチプレー」であったことも、「死闘」を呼び込んだ要因でもありましたね。

 

 まぁ、なにはともあれ、「塩谷」さん!生意気申し上げて、どうもすいませんでした!

 

 「塩谷」さんの言っていることが、よぉ〜〜〜くわかった、それにしても凄まじい「死闘」でした。

 

 そしてあらためて、素晴らしい「死闘」を演じてくれた、「申」選手と「桑木」選手に、もう一度大拍手!

 


 

 
 
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